壁ズン

 伊佐敷純が、寝つけぬ時間をもてあまし、寮内の自販機に足を向けると先客がいた。闇の中、煌々と明るい空間に浮かんでいるのは、野球部キャプテン結城哲也。
「なんだ、哲。眠れねぇのか」
 純の呼びかけは唐突であるはずなのに、哲也に動じる様子は無い。もっとも、純は彼が表情を大きく動かすところを見た事が無い。――気配は饒舌なのだが。
「沢村と将棋を指していたら、色々な棋譜が浮かんでしまってな」
 ほんのりと哲也が笑みを浮かべる。端正な顔立ちを、短く刈り込まれた黒髪が邪魔をする事は無い。人工的な明かりに浮かび上がる笑みに、純はなぜか頬を熱くした。
「あんま、夜更かしすんじゃねぇぞ。一年の連中は、哲を超人か何かだと思っているみてぇだがよぉ」
 唇を尖らせ、ぶっきらぼうに言った純に、哲はさらに表情をゆるめた。
「ああ、そうだな」
 そう言ったかと思うと、近寄った純の肩に額を乗せる。
「どういうわけか、意識が冴えて仕方が無い」
 ぼそりと呟いた哲也の声が、純の胸にすとんと落ちる。人前では決して見せない哲也の姿に、純の心臓が跳ねた。
(こ、これは……アレじゃねぇか。今、流行の肩ズンっていう)
 男が女に弱音を見せるときにするという、少女マンガなどに出てくる噂の“肩ズン”。純はどこからどう見ても男なのだが、それでもこの行為は“肩ズン”だと、純はうろたえた。
「あ、あのよぉ、哲」
 純は両腕を持ち上げてみたが、それをどうすればいいのかがわからない。哲也を抱きしめるべきか、引きはなすべきか……。
 ふ、と哲也が目を上げた。真っ直ぐな瞳に、またも純の心臓がドキリとする。
「髭……、少し長くなっていないか?」
 哲也の指が純の顎に触れた。髭をなでられるくすぐったさと、哲也の指の動きの艶かしさに、純の体が熱くなった。
「そ、そりゃあ……髭ぐれぇ伸びるだろ。朝に手入れすっから、また戻る」
「そうか」
「そうだよ」
 ふうんと気配で示した哲也は、純の顎を指でなぞりつづけた。
(ど、どうすりゃいいんだ)
 ドクドクと心音が耳鳴りのように響く。体に浮かんだ熱が緊張に押しやられ、あらぬ場所に集中した。
(やべ)
 哲也の体は純にもたれかかっている。気付かれてしまうと身を引きかけたが、遅かった。
「硬くなっているな」
「うっ」
 何のためらいも無く、哲也が純の股間に触れた。
「ちょ……哲」
「これじゃあ、眠れないだろう。……だから、出てきたのか」
「ああ、いや」
 そうじゃない、といいかけた純の唇は、哲也のそれにふさがれた。
「ん……ふ」
 哲也の舌が、純の口腔を優しくあやす。ひけていた純の腰は、哲也の腕に引き寄せられていた。
「んっ、ふぁ……あ、哲」
「すぐに楽にしてやる」
「うえっ?」
 言うが早いか、哲也は純のファスナーをおろし、牡の印を取り出してしまった。
「ちょ、哲……こんなトコで、ぁ、んぅ」
 抗議の声は唇に奪われる。自販機におしつけられた純は、哲也の指にもてあそばれるまま欲を募らせた。
(ちょっと違うけど……壁ドンされちまってる)
 少女マンガで流行りの描写を、まさか自分がされるとは思わなかった。
「んっ、は、ぁ……哲ぅ」
 器用に動く哲也の指が、純の牡から蜜を引き出す。
「こんなに濡らしてしまうくらい、溜まっていたのか」
「は、ぁあ……そんっ、言うな、ぁ」
 哲也の淫靡な呟きに、純の体は過敏になった。
「は、はぁ、あ、哲ぅ」
 下級生に恐れられている、一見すると柄の悪いヤンキーという風体をした純が、涙を溜めた目で哲也に求める。唇にうっすらと笑みを浮かべた哲也は、くるりと純を反転させた。
「おわっ」
 自販機にしがみつく形になった純の尻に、哲也の腰が押し当てられる。硬い感触に、純は息を呑んだ。
「純……互いの安眠のために……構わないか」
 熱っぽく掠れた哲也の息が、耳にかかる。そのまま耳裏に舌を這わされ、純は唇を噛んだ。
「なぁ、純」
「ぁ……さっさとしろよ」
 我慢が出来ない、と続けそうになるのを堪えた純に、気付いているのかいないのか。哲也は純のベルトを外し、下着ごとズボンをずらした。
「いきなりは、明日の練習に響くからな」
「ぁ、は――」
 純の先走りで濡れた指で、哲也は秘孔をなでた。ブルリと震えた拍子に、ピンと尖った乳首がTシャツに擦れる。
「はふ、ぁ……」
 いじりたいが、自分でする姿を見られるのは恥ずかしい。自販機にしがみつき、下肢をむき出している時点で、十分に恥ずかしいのだが、人にされるのと人前で自分でするのとでは、かなり違う。純は自販機に寄り添い、上体を擦りつけた。冷たい無機質な壁が、乳首を潰す。
「は、ぁ……哲ぅ」
 尻を突き出し強請っているような格好になった純を見ても、哲也の表情は冷静にしか思えなかった。だが、彼の股間はしっかりとズボンを押し上げている。
「まだだ……純。もっと、先走りで濡らし、ほぐさないと」
「ふ、んぅう……は、ぁあ、哲ぅう」
 牡を扱かれながらほぐされて、純の意識が快楽を追う。ここがどこなのかも忘れるほど、淫蕩に浸った純は自販機に体を擦りつけ腰を振り、さらなる熱を求めた。
「は、ぁあ、哲ぅう、もぉ、イきてぇ」
「もうすぐだ」
「ひんっ」
 哲也の指が、純の内壁にある弱点を擦った。
「んはぁあ、あ、哲、く、そこっ、そこぉお」
「気持ちがいいんだろう」
「ふっ、ふぁあっ、ぁ、あ」
 牡を扱かれながら秘孔の快楽点を刺激され、純はのけぞり高く吼えた。
「あっ、あぁ、イクッ、イクぅあ、あぁああ――〜〜〜〜っ!」
 激しく震えた純が、絶頂を迎える。純の放ったものを、哲也は零さず手に受けた。
「は、はぁ……は、ふぅ、んぁっ」
 うっとりと余韻に浸りかけた純の秘孔に、哲也が彼の精液を塗りこめた。
「んはっ、は、ぁ、そんっ……イッたばっかで、それ、ぁはぅう」
「そのほうが、体の準備が楽だろう」
「ふっ、ふぁあ、あ、哲ぅう」
 太く熱いもので埋められる事を知っている純は、指では足りなくなっていた。求めるように肩越しに哲也を見れば、眉根を寄せて苦しげにしていた。キュン、と純の胸が鳴る。
(哲のヤロー……俺を気遣って、我慢してやがる)
 むくむくと彼を求める気持ちが強くなる。
「んぁ、もぉ、いいから……哲ぅ、来いよ」
 純が笑いかけると、哲也は少し迷ってから、わかったとうなずいた。
「いくぞ」
 ひたりと哲也の欲棒が押し当てられ、純の秘孔が歓迎をするように蠢いた。
「んっ、は、ぁ……あ、あ」
 ゆっくりと挿入される。純の反応を確かめながら押し込められるものは、相当に張りつめていた。それが、哲也の欲に絡む肉壁から伝わってくる。
(こんなにしてんのに、俺を気遣って……)
「ぁ、あ、哲ぅ……好きに、暴れろ」
「しかし」
「ヤワな鍛え方、してねぇって」
「純」
「ホラ、さっさとしろよ」
 生理的な涙を浮かべた純の笑みに、哲也は微笑みを返した。
「じゃあ、遠慮はしないぞ」
「おう、ドンと来いだ」
 哲也が純の腰を掴み、思いきり打ち立てた。
「はぅっ、は、ぁあっ、あはぁあ」
 全身を揺さ振られる純は、幾度も自販機に押し付けられる形となった。
(肩ズンされて、壁ドンされて……壁ズン……か)
 快楽に朦朧とした意識で、そんな事を思う純の身はくねり、哲也の欲を煽った。
「はんっ、はんっ、は、ふぅうっ、哲ぅう」
「ああ、純」
 余裕の無い哲也の呼び声に、純が震えた。それと同時に哲也の欲が純を深くえぐる。
「ひっ、ぁ、は、ぁああああっ!」
 二度目の絶頂を迎えた純の秘孔が締まり、哲也を促す。
「くっ」
 望まれるままに哲也は欲を放ち、残滓を純に擦りつけた。
「は、はぁ……あ、は、はふぅ」
 思い切り放った純が、惚けたような息を吐き、ずるずると自販機に添って崩れ落ちる。
「ああ、純」
 しゃがんだ哲也が純の肩を抱き起こした。
「は、ぁ……大丈夫だ」
 眉根を寄せた哲也に、純が安堵させるような笑みを浮かべる。しばらく見つめ合い、顔が近付き触れようとしたその時。
「終わったのなら、どいてくれないかな」
 呆れた声に、純は飛び上がった。
「おわぁあっ! だ、誰だっ」
 あせりながら純がズボンをひきあげると、闇夜から小湊亮介が現れる。
「てっ、てめぇ……なんっ、なんで」
 真っ赤になる純と、普段どおりの哲也を等分に見た亮介は、軽く肩をすくめた。
「なんでって、ここ、自販機だし。誰かが買いに来ても、おかしくないだろ」
「うっ」
「なるほど」
 絶句した純と頷く哲也の前で、亮介がジュースを購入する。
「ヤるんなら、せめて暗闇でヤってくれないかな。わざわざ自販機の前って……見られたいの?」
「ばっ、違……」
「いや。俺の配慮が足りなかった。――余裕を欠いていたと言うべきか」
 ちらりと純を見た哲也の頬に、赤味が差している。ほわりと純の胸がゆるんだ。
「――哲」
 甘い空気に、やれやれと亮介が大仰に息を吐く。
「はいはい、ごちそうさま。まあ、俺としては、純があんなに可愛くなれるっていう新たな発見があって、面白かったけど」
 ずい、と哲也が純を隠すように前に出た。それにクスリと息を漏らして、じゃあねと亮介が背を向ける。その姿が見えなくなってから、純は全身で息を吐いた。
「っはー……とんでもねぇ所を、見られちまったな」
「純」
「ん? おわっ」
 唐突に抱きしめられ、目を白黒させる純に、哲也が真剣な顔で言った。
「他の誰かに襲われないよう、十分に気をつけたほうがいい」
 あまりにも真面目な様子に、純は吹き出した。
「俺にこんな事をしようって物好きは、哲くれぇのモンだ」
 くしゃっと笑みで顔を歪め、純は哲也に口付けた。
「なんか、よく眠れそうな気がして来た」
「俺もだ」
「おやすみ」
「ああ」
 穏やかなキスを交わした二人は部屋に戻り、互いの熱を胸に抱きながら、心地よい眠りにつく事が出来た。

2014/12/20