はじまりは小さな誤解?

 どうもおかしい、と沢村栄純は首をひねった。
 なんだか自分の調子が変だ。しかし、どう調子が変なのかを表現できない。
 食欲はあるし、睡眠もしっかり取っている。練習は、変なところがあれば先輩、というか世話役のような御幸一也が何も言わないので、大丈夫なのだろう。同学年の小湊春市だって何も言わない。
 いったい、自分の何が変なのか。
 わからない栄純は、首をひねって腕を組み考えた。
 だが、考えてみてもわからない。わからないものは気のせいかもしれないと、栄純は考える事を止めた。
 止めたが、しかしやはり変だ。
 まあでも、そんな時もあるだろうと、気持ちを受け流していた栄純は、調子が変になるのは、決まって滝川クリス優が誰かと親しげに接している時だという事に気付いた。
 最初に引っかかったのは、エース投手の丹波光一郎とクリスが会話をしている姿を見た時。
 栄純は、胸の辺りが妙な具合になった。
 首を傾げて胸に手を当ててみたが、理由が判らない。まあいいかと自身の具合を詮索せずにいた。
  けれど、良く言えばおおらか。悪く言えば大雑把な栄純でも、そういう事がたびたび続けば、気付かないわけにはいかない。調子が変になるのは、きまってクリ スが誰かと笑みを交わしている時だ。特に、三年同士で何かをしている時に、モヤモヤとしたものが胸と腹の間くらいに湧いてくる。
 いったい、これは何だろう。
 怪訝な顔をして胸を押さえていた栄純に、同室の先輩、増子透が気付いた。
「沢村ちゃん」
 二人きりの時を見計らい、透はそっと栄純に声をかけた。栄純は気配で「話を聞く」と示す透に、気付いた事を語った。すると増子は少し考える風に目を上げ、顎をさすってからニッコリとした。
「原因が、わかったんですかっ?!」
 前にのめった栄純の肩を、大丈夫だと透が叩く。
「まかせておけ」
 その言葉の真意が判らぬまま、栄純は「はい」と答えたのだった。
 そして数日後、透は栄純にクリスが一人で風呂に入っていると告げた。裸のつき合いで語り合ってこればいいと。
 首を傾げつつ、栄純は風呂の用意をして部屋を出た。それを透は年長者の目をして見送る。
 透は栄純の胸のモヤモヤが、構ってほしがっている子どものそれに類似したものと看破していた。栄純が今の状態になったのは、クリスの存在が大きい。
 透は、クリスが成長していく栄純の姿を見て、自分の手を離れたと言った声を聞いている。だが、栄純は心のどこかでクリスを頼っていたのだ。根っからのポジティブで、人の中にいる事が、誰かに構われる事が当然のような栄純だからこそ、気付けなかったのだろう。
 クリスと二人で、ゆっくりと湯船に浸かれば、クリスはきっと気付くだろうと、透は満足そうに頷いた。

 送り出された栄純は脱衣所で脱いでいる時に、前にも似たような事があったなと気付く。クリスが一人で風呂に入っている時に、背中を流しましょうかと言い、すげなく断られた事があった。
 思い出が栄純の胸をくすぐる。なんだか楽しくなってきて、栄純はガラリと勢いよく浴室の戸を開けた。
「クリス先輩っ! お背中、流しましょうか」
 満面の笑みで発した栄純の声が響く。髪を洗っていたらしいクリスが、きょとんと栄純を見た。
「沢村?」
 いつもはきっちりと、後ろになでつけるように整えてあるクリスの前髪が、無造作に額を隠している。グラウンドで見るよりも少し幼い――大人びた印象が年相応に見えて、栄純はドキリとした。
 なんだこれ、と首を傾げる。クリスが前髪を下ろしている姿を見たのは、これがはじめてではない。それなのに何故だろうと、栄純はじっとクリスを見た。
「沢村」
「はいぃっ!」
 呼ばれ、ビクンと飛び上がる。背筋を伸ばして答えた栄純に、クリスは小さな笑みを零した。またもや、栄純の胸が高鳴る。
「閉めてくれ」
「ああっ、はい!」
 栄純が開けっ放しだった浴室の戸を閉めれば、クリスは軽く頷いて体を洗いはじめた。栄純は呆然とクリスを眺める。
 彼と比べれば、自分はなんて未熟な体をしているのだろう。筋肉のつき方が、まるで違う。
 この学校に入ってから、かなりたくましくなったと思う。だが、目の前の肢体と比べれば情けない。整った横顔は、自分と二歳しか離れていないとは思えないほど大人びている。
 ごくり、と栄純は喉を鳴らした。
 ゆっくりとクリスに近付いていく。少し開いている足の間の茂みに目を向けて、息を呑んだ。
 濃く茂った中で、存在感を示しているもの。
 栄純はなんとなく、無意識に手を伸ばしてソレを握った。
「っ! 沢村」
 クリスのうろたえる声を聞きつつ、栄純はしっかりと牡を掴み顔を寄せた。
「すげぇ」
 思わず漏れた栄純の声に、クリスの顔が赤くなる。
「沢村」
 困惑の色に促す気配を乗せてクリスが呼べば、栄純はクリスの足の間に身をもぐりこませた。
「なんか、すげぇ大人だ」
 何がどう大人なのか説明は出来ないが、栄純には立派に機能を果たす事のできる自分の牡よりも、手に包んだ牡のほうが大人びているように見えた。
「おい、沢村」
  三度目で、栄純は顔を上げた。クリスが真っ直ぐに、困ったように眉根を寄せて栄純を見下ろしている。どう対応をしていいのかわからないらしい。そんなクリ スを見上げ、栄純は透の「裸のつき合いで語り合ってこればいい」という言葉を思い出した。そして、透が意図をしたものとは別の答えを出してしまった。
「好きです!」
 頭に閃いた単語を、考える前に声にする。目を丸くしたクリスを見ながら、栄純は「そういう事か」と納得をした。クリスが誰かと親しくしている姿を見て、モヤモヤとしたものが浮かんでいたのは嫉妬をしていたからだと。
 そこまでは、透の見通した通り。けれども透は、思春期の人間が憧れと恋愛感情を吐き違える事がままあるという事を、知らなかった。
  そして栄純は「憧れ」と「恋心」の中間にある感情を、恋愛の方だと認識した。その上、透の言っていた「裸のつき合い」を勘違いしてしまった。大人びたクリ スや、高校生らしからぬ堂々とした面付きと体躯をしている透なのだから、思春男子がおおいに興味のあるイヤラシイ方だろうと。
 答えを見つけた栄純は、屈託のない笑みを唇に乗せた。一方、栄純の心の動きなど見えないクリスは、彼の笑みの意味をはかりかねて、ますます混乱した。
 驚きのあまり言葉を忘れたクリスに、栄純は無邪気な笑みを浮かべる。
「俺に、まかせてください! やるのは初めてですが、精一杯がんばります」
 グラウンドにいる時と同じように宣言した栄純は、何のためらいもなく手の中の牡を口内に飲み込んだ。
「うっ」
 ぬめるやわらかなものと熱い息に、クリスは頭がクラクラした。明晰なクリスの思考が、さび付いたように動きを鈍くして、目に映る光景と与えられる感触の認識を遅らせる。その間に栄純は、やわらかなクリスの欲に舌を絡め、硬くしていく。
「んっ、ん」
「――沢村」
 クリスが信じがたい事態が現実の出来事であると認識する頃には、彼の牡はすっかり立ち上がりきっていた。
「は、ぁ……どうですか、クリス先輩。こんなにデッカクしてんだから、気持ちがいいんですよね」
 ニカッと歯を見せて笑う栄純の口の周りが濡れている。眩しいほどに純真な笑顔と、怒張した性欲の対比に、クリスはめまいを覚えた。
「俺、クリス先輩をイカせられるよう、がんばりますから」
 再び牡を咥えた栄純は、クリスの根元を押さえて頭を動かす。揺れる髪と滾る熱に、クリスは熱い息を吐いた。
「っ、沢村」
 ぎこちない動きだが、口淫などされた事の無い若い体は欲に従順な反応を示す。栄純の唇の端からこぼれる液体は、彼の唾液だけではなく自分の先走りも交じっていると認識した瞬間、クリスの欲は破裂しそうになった。
「くっ」
 腹に力を込めて、クリスはそれを止める。同じ男だ。栄純はクリスが絶頂の間際である事を悟り、彼がどうして堪えたのかと目を上げた。問う瞳の無垢さと、その唇から覗いている牡の姿に、クリスは堪えた絶頂がぶりかえしそうになり、慌てて栄純の顔を引き離した。
「うわぁっ」
 つるんと滑って転がった栄純が、すぐさま身を起こして正座をし、膝の上で手をそろえてクリスをにらむ。
「なんで、引き離すんですかっ」
 言った後、しゅんとした。
「俺、やっぱ下手だったから」
 ぽつりと呟いた栄純の姿に、クリスの胸が甘く絞られる。飲ませてはいけないとの気遣いから、クリスが自分を引き離したなどと、栄純はつゆほども思っていない。
「俺、もっと練習して、クリス先輩を気持ちよくさせてみせますから」
 決意を込めて栄純は言い放ち、モジモジと内腿を擦り合わせた。
「だから、その、もう少し……させてください」
  栄純の股間はそそり立ち、震えていた。クリスをしゃぶり高めている間に、栄純の心臓は鼓動を早め、熱を牡へと送り続けた。口の中でクリスが大きくなるごと に、栄純も牡を太くした。口の中が気持ちいいなど、性に未熟な栄純は知らなかった。そして大人びて見えるクリスも、野球漬けの日々を送る高校生。口腔が性 感帯になるとは知らない。だが、栄純の朱を差した目元と濡れた唇、上気した肌を見て、栄純のそろえられた手の後ろに勃起した牡が隠れている事に気付いた。
「……沢村」
 やわらかな声でクリスに呼ばれ、栄純はブルリと震えた。苦笑交じりに手を伸ばしたクリスが、栄純の肩を掴む。掴まれた箇所がほわりとあたたかくなり、栄純は甘えを含んだ目でクリスを見た。
「クリス先輩……俺、その」
 もごもごと栄純が口ごもる。クリスは包む瞳で栄純の声に耳を傾けた。その優しさに、栄純の気持ちは高まり、声が出る前に腕を伸ばしてクリスに抱きついた。
「俺、クリス先輩が好きですっ! 最初はなんか、よくわかんなかったんですけど、丹波さんとか他の誰かと話をしているのを見たら、なんか、すげぇモヤモヤして、それで、その、なんつうか」
 言葉が見つからず、栄純はうなりながらクリスの体に回した腕に力を込めた。肌を突き破って、気持ちがクリスに伝わればいいのにと願いながら。
 必死な栄純の様子に、クリスはためらっていた腕を栄純の背に回した。
「そうか」
 しみじみとしたクリスの声が、栄純の鼓膜を震わせる。
「クリス先輩、俺……」
「うまく言えないのなら、言わなくていい」
「でも、俺」
「沢村」
 クリスの唇が沢村の言葉を遮る。目を大きく開いた栄純は、幾度も唇を重ねられているうちに、とろりと目をとろかせた。
「クリス先輩」
 熱に浮かされたように呼んだ栄純は、キスのたびに心がふわふわとしていくのを心地よいと感じていた。うっとりと唇をゆるめてクリスに押し付ける。
「は、ぁ……クリス先輩」
「沢村」
 腰がもどかしくてならない栄純は、体をクリスに擦りつけた。二人の牡が擦れ合う。
「んぁ」
 刺激を求めて、栄純はクリスの足に腰を擦りつけた。
「は、ああ、クリスせんぱ、ぁ」
 淫靡に濡れている栄純の瞳に、クリスが呑まれる。唇を重ねて舌を伸ばし、口腔を探りながら二つの牡を掴んだ。
「んぅ、んっ、は、ぁあ、クリス先輩」
 重ねて扱かれ、栄純は心地よさを素直に表現する。腰を揺らめかせてキスをねだる栄純に、クリスは甘く応えた。
「は、ぁあ、クリスせんぱ、ぁ……きもちぃ、は、もっとぉ」
 欲に満たされた栄純は、彫が深く整ったクリスの面差しがやわらかく、その瞳が真っ直ぐに自分に向いている事に幸福を覚えた。
「クリス先輩」
 ぎゅっとしがみついた栄純は、もっともっと深く強くクリスと繋がりたいと願う。けれど、どうすればいいのかわからない。
「あっ、ぁ、は、ああ」
 クリスの手に包まれた二つの牡は、溢れた液にまみれて溶けているようだ。
「もっと、ぁあ、クリス先輩……イキたいっ、もっと」
 あえぐ栄純の声に、クリスの息も上がる。握った牡はどちらも限界が近い事を示していた。
「は、ぁ、ああっ、ぁ、クリ……っぱい、も、俺、イクっ、ぁ、イク……」
 栄純の指がクリスの肌に食い込む。その痛みも愛おしくなるほど、クリスは身も心も昂ぶらせていた。
「ああ、沢村。思い切り出せばいい」
「ふは、ぁ、クリス先輩……も」
 濡れた瞳で見上げる栄純に、クリスの唇が押し当てられる。
「ああ……――っ」
 クリスの手が早くなり、牡のクビレが深く絡んだ瞬間、欲が決壊した。
「は、ぁ、あああっ、ぁ、あ」
 痙攣し、のけぞり放つ栄純と共に、クリスも絶頂を迎える。全てを吐き出せるよう、達しながら数度扱いたクリスは、深く息を吐いた。栄純はくったりとクリスにもたれかかっている。
「は、ぁ……クリス先輩」
 気だるげにうれしそうな声を出した栄純が、クリスの頬に唇を押し付けた。
「三振を取った後みてーに、最高」
 体中が満たされている。
「もっと俺と色んな事、してくださいよ。クリス先輩」
「――沢村」
「俺、がんばりますから」
 ヘラリと笑った栄純に、クリスは口付けで諾と示した。

 鼻歌交じりに帰ってきた栄純に、うまくいったようだと透は心中で喜んだ。彼は純粋に、チームメイトの仲がしっくりする事を望んでいた。
「増子先輩、ありがとうございました」
 晴れやかな栄純に、透はよかったなと声をかける。
「増子先輩は、キューピーですね!」
「?」
 何のことかと透は首を傾げたが、栄純はうきうきとした様子で布団の中に入ってしまった。よくわからないが、まあいいかと透も明日のために布団に入る。もう一人の同室者は、おそらく他所の部屋でゲームをしているのだろう。
 布団にくるまれた栄純は、キューピーならぬキューピッドとなった透に感謝しつつ、心地よいものに変わった胸の疼きを噛みしめる。
 クリスが他の誰かと対話をしている姿にモヤモヤしていたのは、嫉妬だったのだ。けれどもう、それを浮かべる必要は無い。クリスと自分は、恋人同士になったのだから。
「くふふ」
 含み笑いを漏らして、栄純は体を丸める。もっともっと、深く繋がり高まりあえるように、野球の練習と同じくらい励もうと思いつつ、栄純は心地よい気だるさに包まれて眠りに落ちた。

2014/12/30